先日、支援物資を送っていた急遽避難所になった避難所
興福寺の方と、初めて電話でお話をしました。
「避難所まで直接宅配便が運んでくれるようになり、物資も色々な所から届けられるようになった。」との事ですがゆっくり話す暇が無い程、忙しさは続いていました。
「自然の力に打ちのめされて、瓦礫化した
気仙沼・鹿折地区の住民が、梅や桜が咲き同じ自然の力で、生きる勇気を与えられた」とのことでした。
「それでも
気仙沼に春がきた!!」の言葉は、悪夢の中にいる今だからこそ、意味深いです。
東日本大震災が発生し、
気仙沼の情報があまりにも少なく 父の安否確認もできないまま、「緊急
掲示板」として、急遽このブログを開放しました。
震災から50日が過ぎ、ようやく「一区切りが付いたかな」と思うので、本日を持って、
気仙沼掲示板を「CLOSE」します。
もちろん「虹の旅人」ブログには、
三陸気仙沼や震災のこともUPし、震災支援シフトを移して続けて行きます。
皆さまにお力を貸しして頂く時期がきたら、お知らせしますので、その時は宜しくお願いします。
かつて伊達藩主
伊達政宗公が、清国への輸出品として「
三陸の鮑」を誇ったように、鮑が生息する「美しい豊穣の海」の復活を望み、応援をして行きます。