虹の旅人

2011年3月11日 故郷が消滅して 人生はNext Stageへ

チリ地震津波から51年

51年前の本日5月24日未明、遥か遠い南米チリ沖を震源とする大地震が起きて、三陸沿岸に津波が襲来しました。
 
現在三陸で暮らす方の中には、三陸チリ地震津波と 今回の東日本大地震の2回も悲惨で辛い体験をした方が、沢山いると思います。
 
何を隠そう、私もその三陸チリ地震津波の生き残りで、九死に一生を得た者です。
 
前日 日本から遠いチリで 大きな地震があったことを知っていたのか 知らずか定かでないのですが 
当時気仙沼で 「神様ばあちゃん」と呼ばれた霊能者の祖母は、その日朝早く起きて握り飯を作り、向かいの家の井戸を見に行って異変を感じて 「津波が来る~津波が来る~」と、4歳の私を背中におぶって 町じゅうを走り回りました。
  
親戚の家に津波の襲来を告げに帰った帰りに 津波が押し寄せて 鹿折駅(現鹿折唐桑駅)下の旧国道45号線の近くまで逃げて その場所で祖母と私は命拾いをしました。 
 
その場所こそ 今回の東日本大地震で第18共徳丸が打ち上げられた場所です。
 
祖母の背中を追うように波が迫り、必死で走る祖母と私を 「ハラハラしながら 駅の下で待っていた」と、父がいつも語ります。
 
ふっと 思うことは 何故若い30代の息子夫婦に託さず、当時61歳の小柄な祖母が、4歳近い孫を私を何故背負っていたのかです。
今でも謎です。
 
私の人生で 最初の鮮明な記憶が、家の壁真ん中まで水が上がり、下駄が浮いていたこと。
祖母には予知夢かお告げがあって、私を護っていたのかもしれないと そんなことを考えています。
 
私は毎年 気仙沼に帰る度に 鹿折唐桑駅前の、自分が生き延びた”あの場所”に立ちます。
 
東日本大地震に被災した翌日、鹿折駅前に巨大なマグロ船が乗り上げたと、東京の友人から聞き「あの場所だ・・・」と感じました。
 
かつてない規模の大震災が起きたと直感し、「故郷三陸がとんでもないことになった!!」と震えながら、「多くの命が助かって欲しい」と 祈ってました。
 
 
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                                                   鹿折唐桑 2010/5/6