虹の旅人

2011年3月11日 故郷が壊滅。 人生はNext Stageへ

船主が 共徳丸の解体を決断!!

  宮城県三陸の地元新聞の三陸新報(2/26付)に 気仙沼市鹿折地区に津波で打ち上げられた共徳丸
解体を船主が決めた。と掲載されてました。
 
 
私・虹りんごの気仙沼・鹿折地区の実家は 毎日ゴミを出しに行く度 巨大な共徳丸がドーンと見える場
所にあります。
 
 
船主側は 「長期保存に耐える状況でも無く 多額の費用かけて保存しても 住民の心理的負担を考
えて保存するべきではない。」と文書にして市に提出しているとの事。
 
共徳丸付近の土地所有者の虹りんごの親戚・友人達も 「あの船を見て暮らすのは 震災を思い出
すから嫌だ!!」と口々にいいますが、観光客で来る人達は「これは震災時の教訓として保存するべきだ!!」と言います。
 
「第18共徳丸」は この2年間で東日本大震災の象徴として どれだけ無残な姿を晒してきたか・・・
 
 
震災の教訓として皆の脳裏に残る 膨大な「共徳丸」の写真や映像の記憶で 「未曾有の地震津波
よって 巨大な船が 海岸より800M先の陸地に打ち上げられた」と 各々が子や孫の代まで語り継い
で欲しいものです。
 
 
震災から解体時までの資料や映像を 震災資料館で公開するだけで 被災の記録資料になりません
か。
 
自然の猛威を知らせ 多くの被災者が亡くなったことを知raseru役割は 既に終えていると思います。
 
 
 
なのに市側は「保存に納得してもらえるよう最後まで 努力したい」と言ってます。
あの船を保存することが 誰に何のメリットがあるのでしょうか。
 
税金を納める住民より 観光集客を最優先した復興後の気仙沼に 明るい未来が訪れるのでしょう
か。
 
最初に地元の海産物や産業を活性化させ 観光客がお金を落とせる物産品や商店・飲食店の復興
再建を手掛けて欲しいものです。
 
    
イメージ 1
                                    2011・6 虹りんご撮影