の解体を船主が決めた。と掲載されてました。 私・虹りんごの気仙沼・鹿折地区の実家は 毎日ゴミを出しに行く度 巨大な共徳丸がドーンと見える場 所にあります。 船主側は 「長期保存に耐える状況でも無く 多額の費用かけて保存しても 住民の心理的負担を考 えて保存するべきではない。」と文書にして市に提出しているとの事。 共徳丸付近の土地所有者の虹りんごの親戚・友人達も 「あの船を見て暮らすのは 震災を思い出 すから嫌だ!!」と口々にいいますが、観光客で来る人達は「これは震災時の教訓として保存するべきだ!!」と言います。 「第18共徳丸」は この2年間で東日本大震災の象徴として どれだけ無残な姿を晒してきたか・・・ よって 巨大な船が 海岸より800M先の陸地に打ち上げられた」と 各々が子や孫の代まで語り継い で欲しいものです。 震災から解体時までの資料や映像を 震災資料館で公開するだけで 被災の記録資料になりません か。 自然の猛威を知らせ 多くの被災者が亡くなったことを知raseru役割は 既に終えていると思います。 なのに市側は「保存に納得してもらえるよう最後まで 努力したい」と言ってます。 あの船を保存することが 誰に何のメリットがあるのでしょうか。 税金を納める住民より 観光集客を最優先した復興後の気仙沼に 明るい未来が訪れるのでしょう か。 最初に地元の海産物や産業を活性化させ 観光客がお金を落とせる物産品や商店・飲食店の復興 再建を手掛けて欲しいものです。 |
2011・6 虹りんご撮影 |