虹の旅人

2011年3月11日 故郷が消滅して 人生はNext Stageへ

NHK「あまちゃん」と 東日本大震災

 とうとう今日 ドラマ「あまちゃん」の中で震災が起きました。
 
土曜日に放送されたのは2011年3月11日のお昼くらいまでで 刻々時間を追いつつ私・虹りんご
は あの日の自分の記憶を重ねて ドキドキしてました。 
 
震災の数日前から私は胸騒ぎがして 落ち着かずにいました。
 
前々日の9日に震度6地震があっって 父に電話をし 翌10日午後2時半ごろにした 金華山黄金山神社のご神縁の崇敬者の方との電話では 「何があっても自分達のできることをしましょう!!」と約束してました。
 
 
震災当日私は2時36分まで 自宅近くのファミレスで友人とランチをしていて 何故か急に自宅に戻りたくなり 年上の友人にも関わらず 腰を浮かしたまま 上着を手にして「今日はもう帰りましょう。」と せかしてました。
 
そのときに清算したレシートの刻印が 「2011・3・11・14:36」
 
 
家に着いてダウンコートを脱ごうとした直後 足元がグラグラして揺れるテレビを必死で押さえながら 大地震発生を直感。
 
震源地宮城沖。 最初はM8.2・・・次に8.8・・・  最終発表はM9.0
 
受話器を握りしめて 気仙沼・鹿折の実家にかけてもコール音は鳴らず 話し中のプープー音が聞えるだけ。そのうち何の応答も無くなりました。
 
家族皆から「じいちゃんは?」と次々メールや電話がくるけれど イチイチ答えるのがモドカシイ
 
着ていたダウンコートのまま 一番近い公衆電話に走って電話をかけても 実家も知人友人誰にも繋がらない。
 
諦めて家のテレビで 気仙沼湾津波が来る前の リアルな静か過ぎる映像を ただ茫然と見ていました。
 
 
実家が気仙沼の私の場合はそうだったけれど 東京に住む岩手沿岸部出身の母を持つ 主人公のアキちゃんはこうだったのかと 思って見てました。
 
東京の同僚から聞いていた「新宿区の本社はあまり揺れなかったし 被害も無かったよ」の震災話とは ずいぶん違ってました・・・
 
 
あまちゃん」の脚本家・宮藤官太郎さんは宮城県栗原市出身なのに 何故ドラマ舞台を宮城・南三陸にしなかったんだろうと ずーっと思ってました。
 
宮城内陸部・栗原の人の”海”といったら 列車で1時間位で行く 南三陸町志津川・大谷 階上や 気仙沼湾に浮かぶ大島の海が”海”じゃないの~って。
 
 特に震災被害が大きかったから テレビで人気スポットになれば 観光客だって増えるだろうにと思ってました。
 
 
でも考えてみれば 被害が大き過ぎて復興が遅れているこの地域で 昨年から半年かけた撮影ロケは無理だろうとも思います。
 
震災後の場面で アキちゃんの人を幸せにする天性のアイドル性と、地元の海で生計を立てる人達が 明るく逞しく”生きて行く姿”を逞しく描くだろうから 「あまちゃん」の放送を楽しみます。
 
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                              2011・6   鹿折唐桑駅舎から見る第18共徳丸