虹の旅人

2011年3月11日 故郷が消滅して 人生はNext Stageへ

早朝の電話

 東日本大震災から丸3年を迎える このタイミングでのエピソードです。
 
 
今朝7時に私・虹りんご宅に 4年前不誠実な態度を取って遠ざかった方から 突然のお悩み相談の電話がありました。
 
寝起きの耳元に「助けて下さい。人助けして下さい」の声が聞こえて よくまあ電話を寄越せたものだと思いながら 「神様ばあちゃん」と呼ばれた祖母の繋がりもあり 私の霊的資質を知った上での連絡と察して 一応最後まで話を聴きました。
 
 
私の周りの「人の縁糸」は繋がっているようで震災直後 その方が無事で 高台の自社工場を「民間の避難所」として多くの被災者に開放したことも 早い段階で知っていました。
 
 
心持ちが揺れて迷惑をかけられた方ですが 本日は三陸沿岸の方々を救済した感謝の意を込めて 高次元からのメッセージ&アドバイスをお伝えしました。
 
 
今思えば2008年に私が 海を見渡すその”土地の清め祓い”と ”社屋完成時に金粉を舞わせた”ことも 災害時に”民間の避難所”となるためのお役目協力だったと思います。
 
 
2002年2月 ご神託で その方を「訪ねろ!!」と言われて行き その後東北に帰る度にしていた私の動きの理由を 「あの日から3年過ぎて気付いた」と語っていました。思い当たる節があるのでしょう。
 
 
そんなことあんなこと 震災から3年過ぎたら徐々にUPするつもりでしたが 上の方々は相変わらず気が早く 自ら感度を閉じた私に 12年間に「名指しで告げ方」を登場させてせかします。
 
 
 
この所時の流れが読めず 自分のこだわり想いを手放せない年配女性の方々の対応が増していたので その方にはできる限りのお手伝いを終えた今 携帯の番号を求められても教えませんでした。
 
 
三陸の被災した方々を気丈に助けて下さった 女性社長の働きに感謝しております。