虹の旅人

2011年3月11日 故郷が消滅して 人生はNext Stageへ

2018年3月11日のこと

今年の3・11のニュースを いつもより悲しく ボロボロ涙が流れてきて 自分でも戸惑ながら観ています。     年齢のせいかも・・・。
実際の復興が進んでいないことも 復興した町が機能していない切なさもあって・・・  PTSDで涙もろくなっているのかしら。
 
震災からこれまで 人生に未曾有のアクシデントが起きて状況が激変した身近な人や周りの人達と 北海道でめげそうなりながらも 神様からのメッセージがドンドン降りてくる中で 必死に冷静で心強くあろうとする私との間に  だんだん温度差というか 周波数の違いというか 思考の隔たりの膜ができました。
 
震災が無ければ見ずに済んだ人の世の裏と表を ふるい分け”だと教えてくれる人もいたけれど 縁と情があって出逢った人達だけに 「こんなはずではなかった!!」と辛かった。
 
薄い膜の存在にそれぞれが気づいた頃には 心がもう無理できないくらい皆が疲弊してました。
 
2018年3月11日の本日。
大好きな山下達郎さんのラジオ番組・サンデーソングブック 略して「サンソン」にて 震災追悼特集がありました。
 
震災発生時間の2時46分にジャストタイミングで流れたのが 達郎さんが温もりある声で唄う 未公開デモテープの「希望という名の光」。
 
曲が流れると共に 2011年のあの日あの時刻の情景が 全て甦りました。
 
気仙沼・鹿折地区で一人恐怖に怯える 安否確認できなかった実父。
押し寄せる大津波の中にいた 親友たちの顔。
 
全ての情報が絶えた夕方 ようやく繋がった妹に 「鹿折の町が燃えてる!!」と伝えたときの驚愕の叫び。
 
 
あれから7年。
けっして若くない私の大切な人達に あのとき届かなかった想いを 
もう一度伝えて良いのなら 「生きていてくれて ありがとう!!」」の言葉。
 
希望という名の光」より
~運命に負けないで たった一度だけの人生を 何度でも起き上がって 立ち向かえる力を送ろう~と祈りました。
 
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