虹の旅人

2011年3月11日 故郷が消滅して 人生はNext Stageへ

家終い 新たな神祀り Ⅱ

前回の続きです。
 2年半前 気仙沼の実家の取り壊しを 父と家を継いだ妹が決めて 長女で遠方に嫁いだ私には事後報告で 実家で祀る駒形神社のことを 口出しできる余地はありませんでした。
 
米どころの東北地方で 田んぼを耕して暮らす祖母の生家の一族は 栗駒山の頂上に奥宮がある駒形神社を“駒形様”と呼び 五穀豊穣の神様として 大切に信仰していた時代がありました。
 
後年 私が祖母の生家を訪ねて 裏山に登り駒形様を参拝したときには 当主は敬いを忘れた様でお社はすっかり寂れてました。 
 
それから何年かして このブログを通じて知り合った 振り子で神様と話をするブロ友が いつも自分の所に現れる“天之常立神”と言う神様が 「駒形神社にいる」と語ったので wikiで調べてみたら「本当だった。 別天津神(ことあまつかみ)であり 出雲大社の客神ある。」と ご自身のブログに書いてました。
その記事を見た私は 「実家で祀っている神様が そうだったのか」と 驚きつつも 妙に腑に落ちたのです。
 
ネットを通じて知った 駒形神社の高格な神様の情報に心当たりがあり その神様こそ幼い頃から 母や妹に視えていた“妖し”から私を遠ざけ いつも背後に気配を感じさせてくれた”慇懃な神様”ではないかったか。  
有名な能力者が 「賢者が あなたを護っている!!」と語った神様ではなかったか。と思いあたり これまでの全ての手持ちの情報が 符号したのです。
 
今 身内の中で天之常立神様とご縁が繋がっているのは私だけで だから夢のお告げに導かれて 「出雲大社平成の大遷宮」に参列して”有難い言葉を頂いたのは私。
 ”あの日 天から神々しい言霊を受け取る ”鮮烈な神秘体験をしたのは私だけと 都合の良い解釈をして 実家を取り壊す際に 「私を守護する高格な神様を 私の元にお迎えしたい」 と願って ”神と意”をしました。                   
                                                    (2013.5.24記)→ 遷座祭のメッセージ
 
 
そんな ある日
~~2017・2・4 「形あるものより 形あらぬものを受け継げ」~~と メッセージが降りて お迎え時の映像も送られて来ました。
 
日時が指示されると 遷座祭に誘って頂いた出雲系の神社参拝者名簿から 何故か名前が抜け落ちてご縁が薄くなっていたのですが 別ルートの神社とのご縁ができて出雲大社宮司様をご紹介して頂き 正式なご参拝をした後に 珍しく穏やかな神迎え神事を 最前列で参列することが可能となりました。
 
遡って 「混とんとした時代」の話です。
自分の能力を荒修行で磨き ご祈祷料を求めること無く 人助けのために神仏を降ろしていた明治28年生まれの祖母は 「神様ばあちゃん」として 近隣の人たちから慕われてました。
 
それなのに祖母は 女の身で神様への信心を問われて 3日3晩の間 弾圧を受けました。
結局「愚直なまでに真っ直ぐな」神様への想いを語る様子に 調べ官が呆れて無事放免してくれた。」と いつか私に ポツリと語ったことがあります。
 

あの時代に 神様と繋がっていた祖母に与えられた試練は とても重かったと思います。

が 最後まで神様と自分の信念に忠実に生きて 亡くなりました。

 
今の時代に生きる私が これまで宗教に組織や一切関わること無く生きて来たのは 祖母よりと更に高い次元の方々と繋がっていたからだと思います。
 
ようやく 神様が伝えてくれた~~「形あるものより 形あらぬものを受け継げ」~~の意味である “形あらぬ資質や能力を受け継いで ”新たに神様とのご縁を繋ぐのも面白いかも”と 考えられるようになりました。
 
私の中にあった霊能への負い目の感情を越え この先は 目の前に開かれた新しい道筋を 私らしく年を重ねて進んで行こうと思っています。
 
※ 父親が気仙沼の実家から転出し 土地が更地になったからこそ記せることであり 生家の歴史として備忘録的に残します。
                                                                                                                                                                  ~完~
 
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