虹の旅人

2011年3月11日 故郷が消滅して 人生はNext Stageへ

気仙沼湾を渡る「かなえ大橋」開通

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3月6日 三陸沿岸道路「気仙沼港IC~唐桑半島IC」開通式が行われ 夜には気仙沼湾横断橋〈愛称・かなえ大橋)の 開通記念花火も打ち上げられました。

 

リアス式海岸気仙沼湾には ”神明崎 柏崎 蜂ケ崎”の三つの岬が突き出しています。 

昔から 中国の三つの脚がある煮炊き道具”鼎”に見立てて「鼎が浦」という呼び名があったので 公募によって決められた愛称に「夢 願い 希望を叶える」の意味も込めたようです。

 橋の名前が 漢字の”鼎”でなくて良かったと思っています。

”鼎”を書くとなると ”画数多いし バランスが取りにくい文字だし 読める人が少ないし”で 書類や履歴書に学校名を記入したとき 苦労をした経験があるので 見た目軽やか親しみやすい平仮名「かなえ」で良かったと思ってます。

 

東日本大震災から10年目の3月11日が近づき マスコミでは”あの日の記憶”を忘れないようにと 当時の映像やら 被災した人達の10年後の暮らしが 放送されています。

 

気仙沼出身の私は 当時も今も札幌に住んいるのですが 2011年の3月11日 2時46分は けっして忘れたくない記憶となっています。

テレビから 生まれ育った町を襲う地震津波 海の延焼映像が流れ「気仙沼に とんでもないことが 起きてしまった!!」と震えながら見てました。

 

気仙沼の鹿折地区の実家には 82歳の父親が独りで暮らしていて 5目目にやっと生存確認ができるまで 遠く離れた札幌で無我夢中で過ごしました。

 

今ここに来て歳月と年齢が積み重なる程 あのときの映像を見る勇気も無くなり 震災のニュースに気持ちがめげてました。

 

そんな所に今回 地元の同級生小野寺氏が送ってくれた 「かなえ大橋」開通記念の花火映像がとても綺麗なので 少し気持ちが明るくなりました。 

 

「かなえ大橋」の開通を機に 是非気仙沼にいらしてお土産を沢山買い 海を渡る美しい橋を通り「皆さんの 夢や希望がかなえられること」を願ってます。