虹の旅人

2011年3月11日 故郷が消滅して 人生はNext Stageへ

札幌は花見日和

 こんなに綺麗で、「平和な街に住んでいるんだもの、仕方ないか~。」と思うような青空です。
震災から2カ月間、善意と称する方々の想いに、振り回されました。
 
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 実家の父を無事救出とか、家が半壊とかを声高に言う気も無く、できれば生まれ育った町と海が炎に燃えて 瓦礫化したやり切れなさを胸に秘めて、毎日を静かにやり過ごしたい。
 
しかし、札幌に住む知人達は、自分の善意の「形」を、矢継ぎ早に打診してきました。
 
震災以来気仙沼に被災見舞いに行っていない私が、あやふやな返事をすると「今、電話をして聞いてみて」と、言います。
日本語で支援物資の内容を依頼したはずなのに、話が半分も伝わらず、別な形の善意がゴロンと現れます。
想像するのが仕事の方々ですらそうなのですから、被災地の現状が伝わらないのはおして知るべし。
 
被災から52日目の5月2日、人生の半分を語り合った被災地・気仙沼の親友から、隣町の岩手県千厩でやっと、携帯電話「ラクラクフォン」を手に入れたと連絡がありました。
 「連絡が来るまで待とう!!」と、信じてました。
 
今彼女は、遅々として進まぬ市役所に被災証明等を貰いに通っています。
その為に携帯電話が必需品なのです。
 
彼女だけでは無く、この度の東日本大地震福島原発で被災した方々の貴重な時間と気力・財力etcエネルギーを消耗させないように、ソロソロ相手側に合わせた善意を届けませんか。
 
 この先の私の人生を2011・3.11を境に、人を見る目が変わりました・・・。