虹の旅人

人生のNext Stageは北海道 愉しみます!!

「ガーデンプランナー」デビュー

 「ガーデンプランナー」デビューなんてちょっと仰々しいタイトルになりましたが きっかけは下記ブログ 「旧友花友Y子さん宅」にランチに行った日のこと。

 

到着早々 Y子さんから聞いたのが 綺麗に整えられた”Y子宅の庭”をいつも眺めている町内会長さんから 「自分たちが管理している冬のスポーツ発祥地を 花を植えて観光客の方々に楽しんで貰いたいので 協力してくれませんか」と依頼されて

「明日 私の庭にアドバイスをくれた インテリアコーディネーター友人が遊びにくるので 聞いてみます」と答えたの話。

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家に入る前に 早速その場所に向かえば 雑草は抜いてあるけど放置していた傾斜地で 置かれた記念碑がいかめしく 限られた条件と予算 そしてローメンテナンスが求められる観光地の入り口。

景観を考慮した花壇プランが必要と考えても 改善点が有り過ぎる。

それでも一応概略プランを Y子さんに伝えて 会長さんの承諾を得ることをお願いしました。

 

町内の方々にお任せしても 微妙なセンス所や細かい作業 花の色合いが伝わりにくいだろうし 札幌市内にはあと一月もすれば 雪が降って花壇作業は終了となる。

その前に ①春に備えてレンガでのレイアウトだけはしておきたい ②せめて下草のアジュガを植え付けしたい。の一心で 

2週間後の小雨降る日 結局頼まれたY子さんとプランと図面を引いた私が レイアウトのレンガ用穴掘り・苗植えetcまでを 無償ボランティアですることに。

70代の女二人が雨の中 メジャーや水平器を片手に カーブを取る数字は狂い無く レンガの隙間は作らないと 半プロ並みの腕前で3時間半で仕上げました。

・Y子さん庭に使った残りレンガを活かして半円型花壇。

-来春になれば 札幌市から一年草の支給があるので 取り合えず寄せ集めのパンジーやらグラス類を植える。

※ 後日 Y子さんとご主人でレンガの後方をモルタルで固めました

  

 

  

 

下画像の球根は 高松のガーデンショップでY子さんが買ってきてくれたお土産。

数年前買った「フリチラリアウババルピス」を補充したくて 店巡りしても無くて諦めていたら Y子さんから貰いました。サンキュ。

   

 

  

来年もガーデンプランの依頼が来ることを願って 形から入る私はイギリスのスコップを購入。

 

     

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初秋の奥羊蹄山

今月の「倶知安・ニセコ」親孝行ツアーのテーマは 蝦夷富士と云われる羊蹄山の裏又は奥側観光。

   

↑が羊蹄山裏

  

↑こちらが表

 

     

札幌から定山渓の紅葉を眺めながら 中山峠経由で 最初の訪問地は"京極ふきだし公園"へ。

 

   

石窯で焼く"奥土農場"は 地元で収穫された材料を主に使い パン作りをしているとか。

ブルーチーズのミニピザ味が濃厚で 素朴な大地の香りがする”忘れられない味になりそう。”と思っていたら ふるさと納税でも取り扱いされてました。

私が知らなかっただけで 知る人ぞ知る”奥土農場”かと思います。

 

            

裏羊蹄山の麓にひっそり存在する湖には 熊の出没ニュースを確認後に入山。

静かでクリアな空気が漂う神秘な湖。

 

いろいろ巡って遅い昼食で訪ねたお店は"バーチツリーカフェ"。

大きな窓から羊蹄山が眺められ ここでまったりコーヒーを楽しみのは至福の時間かと思います。

ボリュームたっぷりな新鮮野菜と美味しいパンと飲み物のランチメニューを注文。

      

      

帰りがけ お店の看板を撮影したときに気づいたのが”ニセコアリシマ”の文字。

そう云えば「生れ出づる悩み」「カインの末裔」を書いた作家・有島武郎は 不在地主として北海道の土地を所有していたはず。

バーチツリーカフェのある場所が 有島記念館の近くなので この場所は所縁のある土地かもなので また訪れて 明治から大正にかけての有島武郎のこと少し学ぶつもりです。

 

     

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高齢猫(20歳)りぃちゃん 4回目の痙攣

我が家の高齢黒猫りぃちゃん(20歳♀)は 推定人間年齢98歳くらい。

朝6時頃 早々にご飯を食べていたはずが突然走り出し ストーブ前で横に倒れて 全身ガクガク痙攣で震えて 口から涎を出している。

異変に気づいた私が 慌ててベットから飛び起きて 痙攣したままのりぃちゃんを静かに抱えた。

無理なことはできないけれど 「りぃちゃん!!大丈夫だよ!!」と低く呼びかけながら 丁寧に背中を撫でると 徐々に痙攣が和らぎ 2分過ぎた辺りで落ち着いた。

驚いている夫に 暖かいタオルを用意して貰い 涎で汚れた胸元を拭けば 気持ちよさそうにしてくれたので まずは一安心。

10分も私の腕に抱かれていたろうか 間もなく床に降りて りぃちゃんは歩いて 自分用の白座布団にお座り。

 

その日は 我が家の黒猫二代目・夢々君のお墓参りに行く予定の日。

北海道のこの季節 気温が急激に下がる時期なので 高齢猫りぃちゃんの痙攣には寒暖差も影響しているのかも・・・と思っています。

 

             

 

昼過ぎてりぃちゃんが 穏やかな昼寝タイムに入った頃  友人の夫に虐待されて貰い受けた初代黒猫ちびちゃん(享年18歳)と 目が開く前からの飼い猫・夢々君(享年20歳)が入る共同墓地へ。

「りぃちゃんには もっと長生きしてほしいから まだ虹の橋へ連れて行かないでね」と お願いしました。

そのとき 夫の誕生日過ぎに約束通りに亡くなった夢々君が 「”りぃ”がこちらに来るのを ボクが阻止したよ。同じ時期にボクと”りぃ”が亡くなったら トーさんとカーさんが 秋の始まりを悲しむと思ったからさ」と答えてくれたような・・・。

    

※ お供えしたペットフードは 動物管理センターへ寄付もできます。

 

夜は 夫婦二人で夫の誕生会。

もしりぃちゃんが今日 虹の橋渡っていたらこのケーキは買って無いと思います。

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北海道では見かけない金木犀

 秋のこの季節 本州なら住宅街を歩いていると ふと甘い香りがしてその先に 金木犀(キンモクセイ)のオレンジ色の小さな花が咲いている。そんな光景を目にすることがあると思いますが 北海道では金木犀を植えている庭はほぼ無いのです。

 

金木犀の北限は 岩手県・盛岡の少し上辺り。

長女の夫は東京出身で 思い出話として”秋の金木犀の香り”を話題にするみたいだけど 北海道生まれの長女と孫の雪ちゃん(小1)は 金木犀の香りは芳香剤でしか知らなくて 想像できない香りだとか。

もちろん宮城出身の私は嗅いだことがあり 東京にも仙台にも住んでいた夫も知っている香りなので 今更なのですが。

道内ニュースで 札幌市の百合が原公園ハウス内で"金木犀の花が咲いている”と知った 長女と雪ちゃんに誘われて行ってきました。 

平日の午後 来館者は少ないだろうと思っていたら 案外金木犀の香りを嗅ぎに来た来館者が多かったです。

      

私たち夫婦は 昨年オープンしたコミュニティベース「LiLiLi」Cafeに 興味があったので 金木犀見学後はそちらで休憩。

                 

「LiLiLi」Cafeから見える藤棚は 時期になれば圧巻の見物ロケーションになるはずで 来年の5月ころ来て 藤の花を眺めながら丸美珈琲店のコーヒーを飲むつもり・・・。

          

 

     

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仕事帰りに「プレミアムいちじくソフトクリーム」を食べる

 

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会社規定では 私は9月末に退職するはずが 来年5月まで延長になりました。

8月8日に "こと"が発覚する数か月前から 訝しげなことは起きていたけれど 確証も無く波風も立てられずでモヤモヤ・・・と。

端的に言えば こちら側が相手会社の便宜を考えてしていたことを 逆手に取られて 企業間の信頼が崩されてしまったのです。

年齢を重ねた人たちの仕業でもあり「当社としては困ります」と申し入れをすれば その人たちからお詫びの言葉は無く 逆切れされました。

 

怒りより”呆れ”の方が大きく 弱小企業側の私さえ我慢すれば 面倒なことは避けられると思って 本社への報告だけで済ますつもが 普段は温和な夫が「この件は 相手会社の然るべき人に報告する話であり 自分が退職した後のことも考えて きちんと対応し方が良いよ」と。

 

一連を”然るべき人”に”報告”はしたけれど 私の仕事のモチベーションは下がりっぱなしで「この場所は もう居る場所では無い」と 直感が知らせてくれました。

翌月上司に「5月までは有給消化で勤務日数を減らし 徐々にフェードアウトしたい」旨を相談し いい加減で有難い「好きにして良いですよ」の言葉を頂きました。

 

仕事は好きなので無理して出勤すれば 何故か最近「高額取引」が増し売り上げも増して 根詰め仕事をしてました。

仕事終わりに ケーキ店内に貼られた「プレミアムいちじくソフトクリーム」のポスターを見つけて 居酒屋風に「取り敢えずソフトクリーム」を注文。

 

来年の今頃 ”いちじく大好きな”私が この店限定「いちじくソフトクリーム」のポスターを見かけることは もう無いです・・・。

  

 

         

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暖簾をくぐって質屋三代目との話

前回の続きです。

札幌の2月に仕事帰りに明かりに誘われて 質屋さんの暖簾を初めてくぐると 店内のカウンター奥から出て来たのは 長髪で50代位のサファー風日焼けした男性。

  

・私 「お聞きしたいことがあります。 父親が亡くなり 形見の荷物が送られて来たのですが 価値あるもの価値の無いものが混在しています。そう云ったものでも 引き受けて頂けますか?」と質問。

 

・質屋さん「僕は質屋の三代目です。稼業で沢山のものを見慣れているので 引き受けられるものと扱え無いものが見分けられます。例えば どんなものがありますか?」と。

 

・私 「印鑑用の水晶丸棒とか 時計の皮ベルト。 サンゴやオパールの欠片・天然・石糸魚川のヒスイネックレスetc etc・・・」

 

・質屋さん「品物を見た上で ちゃんと判断するので一度持って来て下さい」と 初回は数分で終了。

半年以上 居間に放置したままの 父親の形見が入るダンボール3個を眺めて「どうしたら良いか・・・!!」を 思案してました。

 

・例えば 〇〇カリとかに出品しても 30年以上前の商品だから無理だろう。

・金属買取店では 指輪は石を外されて金属だけの買取りになるだろう。指輪はそのまま引き取って欲しい。

諸々の装飾部材引き取ってほしいが 本部とリモートで繋がる店では拒否されるだろうと。

 

そうなると「父親のような天然石好きは 何処にいるのか?」と考えていたときに現れたのが 私を霊的な師匠と呼び 札幌でピリチュアルイベントを開催するヒーラー・Hさん。

”父親の形見”の件を話すと 「会場には石好きの人が集まるから 出店してみたらどうですか」と 軽く提案されて気軽に承諾し。

半貴石商品だけでは申し訳ないと思い「商品+私のメッセージ付き」で 安価販売することに。

 

当日の会場には 偶然にもHさんと繋がった 昔私がアドバイスをしたことがある数人のヒーラーたちも出店していて その人たちの口コミ協力もあり 私のメッセージが予想外に評判を呼び ついでに父親の形見も売れました。

それが6月末。

 

イベント残りの他 石の欠片は「天使が遊ぶ庭」にバラ撒いたり 雪ちゃん(小1)の鉱物女子お友だちに ”詰め合わせセット”にしておすそ分け。

長女と孫たちが指にはめてワクワクしていた指輪類は 一旦残留することに。

   

 

7月の23日 突如思い立ちました。

「今日 あの質屋さんに 売れ残った父親の形見を持参する。三代目が引き受けないと断った物は 処分する!!」と決めて 一緒に行きたがっていた夫と。   

店のカウンターから出てきた質屋三代目は 私が取り出して並べた物を見て「この店始まって以来の品物が並んだ」と 笑ってました。

今どきの品ではなないものや 加工の必要なものも多く 「買い取れ無いものもある」と言われたのですが 質屋同士の交換会や古物商ルートで サンゴやオパール等の天然石を 金魚鉢の観賞石として捌いて欲しいと懇願して 持参したもの全部を引き取って貰いました。トランクケースも一緒に。

 

質屋三代目が 明るく語りました。

「もしかしたら妹さんが お宝品を抜いたかもだけど オレ お客さんのお父さんみたいな人生 羨ましいよ。自分の好きなものを手当たり次第に買って 集めたんだろうね。そんな人生を 送りたくても中々送れるもんじゃない!!」と。

さすが三代目 全て見抜いてました!!

家族がいても生活力が無く 自分の好きなものを買い集めた 道楽者の父親の人生を。

 

事前に 質屋三代目にガラクタ形見を押し付けるのは申し訳ないと思った私は 使わない金の指輪やイヤリングの片方を幾つか持参していて 込み込み8千円で買い取ってもらいました。

 

質屋三代目 「今日が一番暇な23日で良かった。25日や月末 年金支給日なら忙しくて ここに並べて物を見ることも 相手もしていられない」。

「質屋は お金を貸す所だから 生活費が足りない時は いつでも品物を持って借りに来て下さい。 お金を用意できたときに 引き取りに来ればよいから」と 質屋さんとの正しい関わり方を教えてくれました。

「その節は 宜しくお願いいたします」と 夫と二人で頭を下げて帰りましたが。

 

宝石ならダイヤモンドやルビーとかが引き受け易いとかで 色々参考になりました。 

質屋三代目には 本当にお世話になりました。ありがとうございます。

 

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質屋の”暖簾”をくぐる前の話 

薄闇の中 仄かな灯りに誘われて 人生で初めて質屋さんの暖簾を”くぐった”のは 札幌の2月 雪の降る仕事帰りの夕方。

 

何故かその質屋さんでは 曇りガラス戸に”暖簾の絵”が描かれていて 戸を横に開くと"暖簾も"そのまま横に滑るので 正確には”暖簾をくぐっていない”のですが。

”さくらと一郎”の♪貧しさに〜負けた〜♬の曲「昭和枯れすすき」も流れていなかったし・・・。

 

事の発端は 私の父親が昨年12月24日目 朝覚めずに96歳で天寿を全うしたことから。

 

葬儀参列のため慌ただしく仙台に行き 火葬も精進落としも滞りなく済ませて 札幌に戻ろうとしていた2時間前。

喪主であり敬遠している6歳離れた実妹から突如 「飛行場まで車で送るので 会いませんか」の申し出が。

無事に父親の葬儀を終え安堵していたので 今更会って話をすることも無く断れば 妹が食い下がって来たのです。

仕方がないので 空港近くのファミレスで会うと 10年前実家を更地にする際 飾り職人だった父親が集めていた 目ぼしい商品や石類を持ちだして保管していた。と云うのです。

つきましては「父親が亡くなった今 お姉さんにも形見分けとして渡しますので 受け取って下さい」と。

 

有難い申し入れですが 道楽者で生活力も無く 目利きでも無い父親が 集めた物に価値があるとは思えず それも丁寧に断ったのに 上から目線で物言う妹は 正月開けの5日 段ボール箱3個を着払い(¥3600)で 我が家に送り付けてきたのです。

 

三陸・気仙沼の実家で霊能者だった祖母は 生家で信仰する神様を一間幅の祭壇に勧請して祀り 祝詞を上げて神仏を降ろし人助けをしてました。

父親の形見の中には 祭壇に飾られていた所縁ある神具も ジャストフィットでトランクに納められ おまけに私の臍の緒まで入れて送られて来て 途方にくれました。

  

 

それなのに「形見が キラキラ宝石」だと知った 父親と誕生日が一緒の私の長女と プリンセス好きで鉱物女子の私の孫・雪ちゃん(小1)が楽しみにしていて 日参しては ”オピ爺の形見“を見せてとせがみ 都度ニマニマしながら指にはめてました。

   

                    ※ こちらは 雪ちゃんの手

 

余談ですが 

夫は 父親が最後まで身につけていた”自動巻きセイコーファイブ”を喜んで受け取ってました。

葬儀翌日に会ったとき この時計の扱いに困った妹から「自慢の札幌の義理息子が持つのが一番」と言われて 試しに時計画像を夫に送れば 即座に「欲しい!!」と。

札幌に帰宅して夫の言い分を聞けば 「就職したときに買った時計が 当時人気だった白文字盤の自動巻き・セイコーファイブ」。

その時計が壊れて買い直したのが 「緑文字盤のセイコーファイブ」で その時計を失くした20年後の或る日 市内のスーパーに入る”小さな時計屋さん”のショーケースを覗くと 中古の”白文字盤セイコーファイブ”が売られていた。

中古の割に値段が高いと思い その時は買わなかったけど やはりあの時計を買おうと数日後 小さな時計屋さんを訪ねたら「閉店していた!!」のエピソード。

夫にとって思い出深い腕時計”セイコーファイブ”を 仲が良かった義理父親の形見として譲り受けたのです。

     

余談が長くなりました。

そんなこともあって父親の形見が入ったダンボール3個分を 「どうしたら活かせるか!!」を考えつつ 半年以上放置してました。

 

「質屋さんの暖簾をくぐる」この話 まだ続きます。

 

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