虹の旅人

2011年3月11日 故郷が消滅して 人生はNext Stageへ

高校友人から突然の連絡で 小樽旅

 

2022/6     小樽運河

  15年ぶりの友人からの連絡は 怪しい詐欺メールとほぼ同時に届きました。

内容は 名前を名乗って 高校時代の共通友人から番号を聞き「明日から札幌に遊びに行く」とのことでした。

 

返信すればメールの主は間違いなく「H栄ちゃん」で 「札幌滞在3日間のうち 市内・小樽・富良野のいずれかで会えないか」と言われて 2日目の小樽に同行することに。

H栄ちゃんは旧ブログ「虹の旅人」では たまにコメントも入れてくれたのですが 引っ越し先のこのブログを閲覧していたかは不明で 私たちには15年間の空白がありました。

 

一人旅の様子だけど 特異な紆余曲折経験をしたH栄ちゃんが 結婚生活を維持しているのか それとも離婚したのかも訊かず 人生色々だものと札幌駅で待ち合わせ。

 

小樽行き列車に乗り込んで思い出したのが 48年前の「鼎が浦高2年」の修学旅行のことでした。

 

授業中は寝ていて終業チャイムと同時に教室を飛び出し 5分後にはグランドを走っていたH栄ちゃんと 聞いてるそぶりで授業を学び 退屈を持て余していた私とは 修学旅行中いつもバス席が隣同士だったはず。

 

お互いの旦那さんのことや 子どもたちの近況報告を済ませるうちに 浮かび上がったのが これからの人生の過ごし方で 余寿命20年余りの分岐点でもある 65歳の女同士の話となりました。

JR「大人の休日倶楽部」チケットで来道した5日間の旅服は 全部旦那さんがコーディネートしたそうで 愚痴りながらも旦那さん好みの 上品な女性に納まろうとする姿に感心したり同情したり。

 

2か月前 これまでの不満や胸の内を 旦那さんにぶちまけてプチ家出をしたみたいだけど 喧嘩したこと キツイ言葉を放ったことを悔やむ様子に これまで旦那さんから受けた苦労に比べれば 取るに足らないことであり この先の人生を楽しむつもりなら 窮屈を破る力も必要。と思って聞いてました。 

 

かと言って我が家の場合を考えた所で 他家の夫婦関係はそれぞれだろうし 珍しく聞き役に回った私です。

 

札幌の後は 旦那さん函館でと合流して「函館山の夜景を見に行く」と言ってましたが  あいにく函館2日間の天気予報は大雨。

 

青春時代を遥かに過ぎて 不純物をも含む青銅色に染まった女2人は 念願の小樽旅を楽しんで「また 会おうね」と言って別れました。

 

 

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「相談役 島耕作」52年勤めた会社を退任

   

 22歳の島耕作が 初芝電産に入社したのは52年前。

著者の弘兼憲史さんも 島耕作と同い歳で 岩国出身も早稲田卒も同じ。

かつて弘兼さんが勤務した 松下電器産業を思わせる会社背景だったので そのつもりで読んでました。

 

課長 島耕作(1983年昇進)から始まって 部長(1992年昇進)→ 取締役(2002年昇進)→ 常務(2005年昇進)→ 専務(2006年昇進)→ 社長(2008年昇進)→ 会長(2013年昇進)→ 相談役(2019年昇進)→社名変更後の「テコット」退職(2022年)のサラリーマン人生。

 

今のご時世 普通は65歳の定年退職なので 10年長く会社に在籍できたのは 良き時代の出世頭だと思いますが 漫画「島耕作」は 74歳で社外取締役となり  シリーズは続いて運の良いサラリーマン人生をまっしぐらです。

 

私はサラリーマン夫の妻であり 50歳で就いた仕事の関係で 会社幹部の方とお会いする機会が増えました。

その度に思ったことは 企業の中には”島耕作”はいないし 男性と女性では会社に対する目線が全然違うと言うことでした。

 

1990年代にバブルがはじけ 2008年にリーマンショックが起きました。

20020年にはコロナ禍があって 追い打ちをかけるようにウクライナ戦争が始まり 経済の行く先が世界レベルで読めない状況に陥りました。

中でも島耕作が 花形産業として入社した家電業界の凋落ぶりは 誰もが知るところかと思います。

本の中では 首脳陣となった島耕作も後輩の国分さんも 会社危機の都度に悩んで決断したはずなのに この局面で「テコット」の半導体部門を売却したことが 大きな判断ミスとなってしまいました。

 

昨今の日本経済が低迷しているのは 当時の財政界トップが 世界情勢を読み切れなかったから 経済戦略に負けたからと思う所もあるのですが かく云う私も 日本の家電より低価格という理由で 洗濯機に強いアクア(サンヨー) 東芝と同部材ならテレビはハイセンス(東芝)を購入。

 

企業人間・島耕作が 会社を退職する前に語った言葉は「老兵は死なず ただ消え去るのみ」でした。

男性社会で活躍した老兵たちは 自分の周りのしがらみや 椅子取りゲームに興じていなかっただろうか。

違う世代の”新たに出た杭”を 見守って育ててくれただろうか。とふっと思いました。

 

何はともあれ 島耕作さま!! 52年間の会社勤め お疲れ様でした。

 

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2022年夏至 フゴッペ岬&シリパ岬

あいにくの天気で「日本海に沈む太陽を 今日は見送れないだろう」と思いつつ ともかく行きました。

最初は先週 クリーンアップした蘭島海岸から龍神様にご挨拶すると 鼻息荒く土地を守る龍と人の”教え”を語ってくれました。

 

次に行ったフゴッペ海岸では 「人間を護ってくれる存在って きっといるんだろうな」と 思わせてくれる自然界の天体ショーを ただただ眺めて感動してました。

神秘的な夏至の夕陽を 見せてくれました。

 

家に戻って  最大のプレゼントは 夫婦でファンの山下達郎さん(69歳)の「46年ぶりオールナイトニッポン」。

明日は 11年ぶり発売の「達郎さんアルバム」を買いに行きます。

 

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蘭島「クリーンアップ大作戦」

 

 

 1999年10月中旬 鉄オタ夫に同行したSL・ニセコ号の撮影帰りに 海中から架かる”二重虹”に遭遇。

止まった車から 当時趣味にしていた軽量一眼レフカメラを手にして飛び出し 浜に下って大きな虹を撮影しました。

 

撮った”二重虹”の写真をパネルして 写真展に出品したら初入賞し それから”二重虹”写真は 我が家のリビングにずっと飾られています。

 

このブログのタイトルも ”二重虹”に因んで名付けました。

 

2011年の3月11日前には 虹が出現したあの岬を 何度も夢の中で視せられました。

甚大な災害が起きて 故郷に行けずに絶望した私は 場所も地名も知らない夢に現れた岬に訪れたくて 付近の海岸を何度も往復し ようやく辿り着きました。

 

今では エネルギーチャージの場所です。

  

1999・10・14           2020・11・3

 

近くのスーパーで 「蘭島の海のクリーンアップ大作戦」ポスターを見て 余市側からは虹 蘭島側は天使を見せてくれた フゴッペ岬の海を「綺麗にしたい!!」と 早速夫婦で申し込みしました。

 

当日は快晴。

黄金の流線が美しい お迎えVIP用バスの乗車したのは僅か15人程で セレブ気分を満喫。

海洋マイクロプラスチックの問題もあり 魚や海産物を扱うスーパーとしては 取り組まなければならない環境問題なので 初開催したとのこと。

 

たまたま目にしたポスターが 太古の時代より龍が臥して棲むと語られる「蘭島のクリーンアップ」とは偶然で お手伝ができてた私たちこそ嬉しかったです。

 

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庭のオンコの木が 流した涙

 霊能家系出身であり 感知者の私が体験した妖しい話です。

庭の一番目立つ場所に植えてあった 古いオンコの木(別名・イチイの木)が 今春になっても新芽が出てこなくて ずっと様子を見てました。

昨年の異常な暑さで夏枯れしていた近隣の木々も いよいよ6月に入って駄目になっていたので 枝が茶色化した我が家のオンコの木も 根元から伐採することにしました。

そして裏庭には 枯れた杉の木がもう一本ありました。

造園屋さんに頼むまでもない直径10~20㎝の2本の木を 素人のシニア夫婦が鋸を引いて伐るには 体力と気合が必要です。

それなりに暦で吉日を選び 各々の木と対話しながらを実行することにしました。

 

最初に伐るオンコの木に 塩とお酒を撒きながら話しかけると 

「塩とお酒だけでは足りません。水を沢山かけて下さい!!」と言ってきました。

鋸が入る直前なのに 根元を水で濡らすのもどうか・・・と思い 躊躇っていると「私は 水が欲しいのです!!」と重ねてきました。

 

長年居た庭の木の最後の願いだからと たっぷり水を注ぐ 僅かな時間で伐り終わり。

次は裏庭の杉の木。

 

こちらの木にも 「水が欲しいですか?」と語りかけると 

「自分は 枯れて不格好になった姿を晒しているのが恥ずかしい。早く伐ってくれ!!」と言うのです。

その割には 伐る終えるまで時間がかかりましたが・・・。

 

怪我もなく2本の木を無事伐り終えて 残務作業がもう少しで終わる頃 ポツリポツリと雨粒が落ちてきたのです。

雨の中私だけが これまでのお礼を述べ 跡地には数日前 長男家族が託されて突然持参してきた 寒冷地研究所敷地に咲く2本の「千島桜」苗木を植えると告げました。

 

するとオンコの木が植えてあった場所から 

「この雨が 昨年の夏にも降ってほしかった。こんな雨が降るのを夏の間 毎日待っていた!!」と さめざめと泣きながら語る言葉が聞こえて来てかと思うと 雨は一気にザーと降り出し 10分後にはスコールのように急激に止み 青空が見えました。

 

オンコの木の想いを汲んで 根元をカットして畑の柵に残しました。

 

 

 

びっくりドンキー 季節限定「サマースノーピーチパフェ」

 毎日の庭仕事に疲れて 「甘くて冷たいものを食べたいな~」と思ったのです。

かと言って シニア夫婦がとスイーツのお店にパフェを食べに行くのもどーかと思い 向かったのがビックリドンキー。

 

ビックリドンキーの北海道ソフトクリームは ミニパフェのメリーゴーランドの頃から 私にはお腹に安心な乳製品でした。

乳製品や野菜は 土壌の安全性が問われるので その点でも厳選した食材を提供しているかと思います。

 

ハンバーグランチの後 私だけ季節限定「サマースノーピーチパフェ」(¥550)を実食!!

桃好きにはたまらない一品ですが この時期の桃は甘さが控えめ。

その桃を”パフェ”に使うとなれば 果実の旨さが活かされず 値段の割に残念な桃パフェになるのです。

 

ビックリドンキーの「サマースノーピーチパフェ」は 白桃をコンポートにして若干の甘みを加え 北海道の濃厚なミルククリームとあいまって 満足な美味しさでした。

忘れられない味 「東千歳バーベキュー」再び

   食べものの美味しい記憶は数々あるけれど 「もう一度食べたい」と思う味には中々出合え無かったのですが 12年前に食べた”炭火焼きチキン”だけは 折あらば「もう一度食べたい」と願ってました。

 

そのとき連れて行ってくれた長男には 「千歳の納屋で食べた”炭焼きチキン”が美味しかった!!」とは伝えていたので この度 正式名「東千歳バーベキュー」に再訪。

注意事項は ただ一つ「匂いがついても大丈夫な服装で」とのこと。 

 ※ 一番奥に見える元牧場の納屋が「東千歳バーベキュー」

 

到着時刻は お昼に少し早い11時20分。

ブロックで作られた焼き場前の 簡易なイスに案内されて座ります。

 

大人2人&子ども1人の私たち。 

・鶏肉 2人前2000円 ・野菜1人前 300円 ・ご飯1人前 200円を注文。

各々がボリューム大なので この量でも皆が満腹となりました。

飲み物は 冷蔵戸棚から自分で持ってきて 清算の際に自己申告払いの大らかさ。

 

12時前には 50人は座れる広いバーベキュー会場が満席となり 空席待ちの人が並んでました。

 

天井の高い納屋の中で 鶏肉の半身を炭火で焼いただけなのに 身の締まった鶏肉の歯ごたえと 素材の濃い味わいが最高に美味しい。

鉄板で炒められた野菜の甘さも 絶妙加減で肉の旨さを引き立ててくれます。

 

店の人が網に乗せてくれた 塩水に浸した鶏肉の半身??に 胡椒とドリンク瓶に入れられた通称・”魔法の粉”が 高い位置から大胆に振りかけて固い炭で焼く。

そのシンプルな調理法が 野趣に溢れた素材の良さを引き立たせてくれて 極上にただただ美味しい。

ご馳走様でした!!

 

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