虹の旅人

2011年3月11日 故郷が消滅して 人生はNext Stageへ

防災に備えて

 5時59分に また東北に震度5M7・4の地震 その後の津波
東日本大地震の余震とも言われ 今後も余震が心配されます。
 
2011年の3月9日に三陸震度5レベルの地震があり 当時気仙沼に一人で住む82歳の父とは 直後に電話で話すことができました。
その日は 「こんなに大きな揺れの地震なんて 早々にあるものじゃないので これっきり!!」と 人ごとの様にのんびり構えてました。
 
しかし2日後の3月11日2時46分の M8・2の激震と巨大津波に襲われた瞬間 父と故郷に住む知人達との連絡が 全て遮断されました。
 
 
ガタガタ身体を震わしながら テレビに映し出される故郷の惨映を見ていても もう一人の冷静な自分が 県境の”陸の孤島”と呼ばれる 気仙沼湾奥に位置する 鹿折地区の実家付近は 救助隊やら救援物資が 一番最後に届くだろうと思ってました。
案の定 最後の最後の救援でした。。。
 
せめて人・道路・物資の用意が整い 救出できるまでの一週間を 地元の人達が”自力で持ちこたえて欲しい!!”と祈り 持ちこたえればその後は何とかなると・・・願ってました。
 
父の生存確認は 最短の5日目でした。
ライフラインが断たれた父は  空のペットボトルを背負い歩いて20分の井戸のある家にまで 水を貰いに通っていたとのことでした。 
 
そして運よく倒れなかったプロパンガスで湯を沸かし 買い物するのが不便という理由で買い込んいたカップ麺や食パン・お菓子を食べて 5日間空腹をしのいでました。
 
 
これからは至る所で災害が起きるようになり 防災に備えて最低3~5日間くらいの食料確保と 心の準備が必要かと思います。
 
緊急時に対応してくれる人脈やら情報収集源も 日々の中で培って過ごしたいものです。
 
 くれぐれも 災害は対岸にだけ起きる・・・とだけは思わない方がよさそうです。
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 ※ 雪を山頂に冠る手稲山