虹の旅人

2011年3月11日 故郷が消滅して 人生はNext Stageへ

黄金龍神と同じ日に生まれた赤ん坊

    夢のお告げで見せられた”何処かの神社のご神事”を 訊ねて辿れば本当にその”ご神事”は執り行われていた。
果たして そんなことが現実に起きるのか・・・。
 
 新しい世紀に入った2000年2月から 立て続けに津波や龍の夢を視せられて 疑問を抱いて夢で問いかければ 早々に夢の内容に謎解きのヒントが送られ来る。
そんなことが何度か繰り返された2年後の2004年6月中旬 長く病床に就いて母が亡くなり49日を過ぎたころ メッセージ性の強い衝撃的な夢を視せられました。
 
[白装束の男衆が岩場で海の潮汲み・・・。 
お坊さんが 海に向かい・・・ 山に向かい・・・大自然に向かって祈ってます。
目に見えない存在へ畏敬の念を込めて おごそかに祈りを捧げる姿に 心が揺さぶられる私」
 
海に浮かぶ二畳くらいの岩場で行われるご神事を 何故か真正面から私一人が見ている。
「これってご神事!!この場所には 私だけしかいない。 私がこの場所に居て良いの?」と戸惑いつつ 自分が 夢を視ていることを自覚していて 細部まで記憶に残そうとしている私。
後日 その夢が”夢のお告げ”で”あり ”鮮明な明晰夢”だと知りました。

 

母の一周忌を終え 三陸で龍を祀る神社と言えば”あの霊島”かもと  龍が生まれるご神事の ”初巳大祭”に目星をつけて渡ると 執り行われる特殊ご神事こそが 夢のお告げで視た”ご神事”そのもの。
大勢の観衆の中で 「夢のお告げのこと。ご神事のことを問うてみよ!!」と 神様から示唆された人物に声をかけ 今でもお付き合いのあるのが数年後 黄金龍神様より「孫の代で会おう」と告げられたMさん。 
  2019・9・29→https://ameblo.jp/hikarinotoki2011/entry-12530684873.htm          
                                                イメージ 3
 
私には 北海道から 一人で飛行機・列車とバスと船を乗り継いまで 霊島に渡る目的がありました。
 
10時千歳発の機上から見た霊島は穏やかだったのに 3時間後に東日本大震災で甚大な被害を被り復興した鮎川港に辿り着けば 「本日は荒天で海の波が高く 船は10時半以降全便欠航になりました。」と万事休。
自然相手に文句を言える訳も無く 霧に包まれた海を泳いで渡ることもできず ポツンと荒海を眺めながら時間をつぶしてました。
 
参籠宿泊を予約をして途方に暮れて黄昏る私の目の前で 何やら袴衣装の神社の方と背広の男性二人が海上タクシー・オーナーと話をしてました。
 
30分後に波が低くなったとき 「船が出航する!!」と私の脇を通り過ぎる二人に 思わず 「参籠に宿泊予定の札幌の者です!!」と声をかけると
参籠宿泊者であることを把握していた神社の方が一言 「急いで乗って下さい」と言ってくれました。
 
諦めていた霊島に奇跡が起きて渡ることになった私は 激しく上下にする高波にもめげず船酔いもせずに到着し Mさん始め島の皆さんから「神様のご加護があって良かった!!」奇跡的に船がでて良かった!!」と喜んで迎えられ 早速山頂に登って霊島の神様に挨拶をして 5月7日(日)早朝5時半のご祈祷から神輿渡御の最後までご参拝。
 
ここからが 我が家の未来に繋がる目的の話です。
 
結婚5年半子どもが授らなかった息子夫婦から「5月の初めに出産予定」 と報告されて 3月に出産予定日が”2017年5月7日”と知りました。
もしかしたら「夢のお告げのご神事が 今年は5月7日に行われるかも・・・」と 神社HPを確認すると まさにその日。
 
この展開に驚いた私は3月10日の夕方に 復興作業滞在中のMさんの誕生祝いでかけた電話で 「初巳大祭神輿渡御の日に 初孫が生まれるので 霊島に行きます!! 」と伝ました。
 
5月5日に産気づいたお嫁さんが三日三晩陣痛で苦しんでも孫は生まれず 神輿渡御も終わってMさんと一緒に 午後2時発の鮎川行き定期船に乗り 霊島の桟橋を船が離れた瞬間 息子から 「生まれた~!! 母子ともに無事」のメール!!が届きました。
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龍が舞い降りる日に 初孫が生まれ その子は女の子!!
弁財天様を背に乗せる黄金龍神と 同じ日に生まれた女孫は やがて龍神の言葉を理解して 弁財天様に愛されて指導を受けながら共に成長しすると信じています。
                                                                                      2017・6・5 記 
                                                                                               
※追記 翌年の2018年11月 女孫がその日その時刻に生まれた理由を知りました。