虹の旅人

2011年3月11日 故郷が消滅して 人生はNext Stageへ

敬愛の花人・紫竹おばあちゃんを偲んで

5月4日に 北海道・帯広の観光庭園「紫竹ガーデン」を作った 紫竹昭葉(本名・昭代 1927生)さんが  94歳で亡くなりました。

ご主人を亡くした63歳ごろから 悲しみを越えて自分らしく生きたいと 郊外の牧草地を買い取って庭園作りを始め 2年後の1992年には「紫竹ガーデン」を開園しました。

 

15・6年前 道内テレビの特集番組で 広大な土地に一人で花畑を作ったおばあちゃんとして紹介され 「北海道にも ターシャ・テューダーさんみたいな人がいるんだ」が最初の印象でした。

 

その後いろんな所で 紫竹ガーデンや 紫竹おばあちゃんのことが取り上げられるのですが 同じ北海道に住んでいるとはいえ 札幌から帯広は遠く 帯広から少し離れた「紫竹ガーデン」は更に遠く 中々機会が訪れず ”いつかお会いしたい!!”と願うだけでした。

 

しかし 2012年の9月16日 その日が来たのです。

どこよりも先駆けて大手ツアー会社が オープン直後の「北海道ガーデンショーと十勝ガーデン街道めぐり」のバスツアーを企画してくれたのです。 

その工程表には もちろん「紫竹ガーデン」が入ってました。

 

台風による悪天候でツアーが中止かもしれないと 前日に連絡があっったのですが 私たちのツアーは決行され 天候に支障が無かった別方角に行くツアーが 雨のため中止となりました。

結局 雨の中4時間バスに乗り続けたて 広い北海道ガーデンショー会場を見学している間は 雨に当たることが無い。

でも次の目的地に向かうため 車に乗り込んだ瞬間に大雨が降る現象が 何度か繰り返された旅でした。

午後になり「紫竹ガーデン」に着くころには ようやくお日様が出て来て 沢山のダリアが綺麗に咲くガーデンでは いつも園内にいるはずの紫竹おばあちゃんのお姿を 見かけることができませでした。

 

バスの出発時間が来て 「紫竹おばあちゃんに お会いしたかった」と残念がっていると 動きだしたバスが止まったのです。

見るとそこには紫竹おばあちゃんが居て 「いつもお世話になっているツアー会社の添乗員さんが お客さんを案内している。と聞いたから 挨拶に来た」と言って 車内に入ってきたのです。

周りの乗客の人たちは何のリアクションも無く 唯一私の願いを知る夫が 紫竹おばあちゃんに撮影許可を頂き 「一緒に写真を撮ってあげるから 並んで・・・ 」と私を促すのですが 

「なんともオシャレで可愛い お年を召した”花の妖精”が近くにいる」そんな感覚がした私は 気後れがして隣に並ぶことができませんでした。

 

「せめて写真だけでも」とお願いして 撮らせてもらった唯一の写真です。

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娘さんたちがヨーロッパで買って来た綺麗な柄のTシャツに 明るいマーブル色のパンツに お花の帽子。

 

生まれた家と家族を手放した私が 61歳から独りで小さな庭に花を植え始めた先には

後に観光庭園として地域に貢献した 女性花人「紫竹のおばあちゃん」への憧れがありました。

土に触って汚すからと古い服を着るのではなく 北国の美しく逞しい花には 自分も華やかに装って対峙することを教えられました。

 

紫竹おばあちゃんが亡くなったその日 いつも通りに庭に出て いつものように花の手入れをして 庭を訪れる小鳥たちに餌を与えようと 右手にコリアンダーの苗 左手に小鳥用のパン屑を握っていたとのこと。。。

 

紫竹のおばあちゃんの魂がこの世を離れたとき 多くの可愛い天使たちがお迎えに現れたことと思います。

                            

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