虹の旅人

2011年3月11日 故郷が消滅して 人生はNext Stageへ

東日本大震災から11年目の祈り

 

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※ 2011年6月14日 鹿折唐桑駅前

 

 震災後の10年から11年目のこの1年の間 故郷・気仙沼は朝ドラ「おかえりモネ」の舞台にもなり 他の番組でも多く見かけるので 今は”復興した観光地”として売り出しているのかと思います。

 

5年前に同級会で気仙沼に帰ったきりの私は 番組の中で市内の景色が画面に映し出される度にテレビに見入り 生まれ育った鹿折地区が映らないかと目をこらします。

地元の知人ですら町の変貌が激しく 「住んでた場所が解ら無くなった」と嘆く故郷は 北海道に住む私には 本当に知らない町となりました。

 

2011年3月11日に起きたことは 忘れたくても忘れられないことであり 忘れるつもりの無いことですが

在住の札幌で 故郷の震災被害について語ると「もう忘れて 前を向いたら・・・」と 慰めの言葉として言ってくれる人もいるのですが 私はそこに自分との感覚の違いを感じて お付き合いの距離を置いてしまいます。

 

昨年4月に 我が家のテレビもビデオデッキも壊れて 震災発生当時を録画していた画像を失いました。

特に内湾が延焼して鹿折地区が燃える映像等は 衝撃を受ける人たちを考慮してか 以後放映されることはありません。

 

遠くで暮らしていても故郷を思う気持ちは変わらず 年月を経てより強くなってもいますが

新しくなった気仙沼で新しく暮らし始めた人たちを 幸多かれと応援しています。

 

被災後の長い道のりを復興のために奔走して下さった地元の方々 他の土地より気仙沼の復興にご尽力して下さった方々に 多くの方々に感謝致します。

 

改めてあの日 独居の老人の避難説得で逃げ遅れ 車中にて幼い孫2人と58歳で亡くなった従妹の鎮魂を祈ります。

並びに震災で亡くなった多くの方々のご冥福をお祈りいたします。

 

 

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